主な知見
- デジタル決済インフラがより広く普及している企業や経済圏では、労働者一人当たりの生産量が高い。
- 従業員一人当たりのデジタル決済資本が10%増加すると、生産性は約0.5%向上する。
- 決済技術への投資は、他のデジタルインフラへの投資と同様に、経済的に合理的である。
生産性が重要な理由
約70年前、ロバート・ソローは論文『技術変化と総生産関数』を発表し、長期的な経済成長の理解を再定義する画期的な研究を残しました¹。ソローの分析は、成長が資本と労働の蓄積だけでなく、技術進歩によっても牽引されることを示しました。また、ソローの研究は、生産性向上の源泉を測定・分析するための基礎にもなりました。
生産性とは何でしょうか。生産性は、投入資源がどれほど効率的に産出へ変換されるかを測る指標です。投入資源には、原材料、機械、電力、ビジネスサービス、従業員が働く時間などが含まれます。産出とは、販売された商品やサービスの量を指します。生産性が向上すれば、企業は同じ投入資源からより多くの産出を生み出せるようになります。また、生産性の向上は、労働者の賃金上昇、製品やサービス改善への事業投資、利益の増加、さらには消費者にとっての価格低下にもつながり得ます²。
生産性の向上は、生活水準の向上にも結びつきます。わずかな生産性向上であっても、時間の経過とともに大きな意味を持つことがあります。だからこそ、ノーベル賞受賞者のポール・クルーグマンは「生産性がすべてというわけではないが、長期的にはほとんどすべてである」という有名な言葉を残しました³。
デジタル決済が生産性を向上させる仕組み
投入資源が産出に与える影響を研究した文献は豊富に存在します⁴。生産性には複数の要因が影響しますが、ソローの基礎研究が示した重要な要因のひとつが技術です。近年の研究『Digital payments, output, and productivity: an empirical exploration』では、Cormierらがこの文献に重要な貢献を行い、小売業界と経済全体においてデジタル決済技術が労働生産性をどのように高め得るかを検証しています⁵。
この研究では何を測定したか?
20世紀から21世紀にかけて、情報技術の普及は大きく進みました。この点を踏まえ、著者らは、普及が進み商取引を効率化していると考えられるデジタル決済技術(POS端末での電子資金移動など)の影響を切り分けるため、斬新なアプローチを採用しました⁶。この研究は、1995年から2020年までの26年間にわたり欧州28カ国を対象とし、デジタル決済による商取引の効率化が経済産出と労働生産性に有意な影響を与えるかどうかを検証しています。
具体的には、著者らはIT資本、非IT資本、デジタル決済資本という3つの異なる資本投資カテゴリーを用いて経済モデルを構築しました⁷。この研究では、決済資本の指標としてPOS端末での電子資金移動を使用しています。経済産出と投入資源に関するEU KLEMSデータと、決済端末に関する欧州中央銀行のデータを組み合わせた豊富なデータセットを分析し、統計モデルを適用することで、デジタル決済が生産性に与える影響を切り分けました。この厳密なアプローチを通じて、著者らはデジタル決済の利用拡大が、事業者および経済全体の生産性を緩やかに向上させることを見出しました。
これにはどのような意味があるのか?
デジタル取引は、販売プロセスをより迅速かつ効率的にします。例えば、カード決済やモバイル決済は現金取引よりも処理が速いことが多く、会計時間を短縮します。また、セルフチェックアウトのような新しい小売形態を可能にし、営業終了時の手作業による現金処理を不要にすることで労力を削減します。小売以外にも、飲食、ホスピタリティ、運輸などの分野では、より速いサービス提供による恩恵があります。
こうした改善は、企業がデジタル決済技術に投資することで、従業員が同じ時間内により多くの顧客に対応し、より多くの取引を処理できるようになることを示唆しています。あるいは、同じ数の顧客・取引を、より少ない従業員数または労働時間で処理できるようになります。いずれの場合も、労働者一人当たりの産出、または労働時間1時間当たりの産出は上昇します。
この研究では、POS端末での電子資金移動の件数と投資額を国家生産関数の投入資源として組み込むことで、この効果を定量化しました。また、従来の投入資源(労働時間、非IT資本、その他のIT資本)や、ブロードバンドインターネット普及率、貿易開放度、規制の質といった外部要因も調整しています⁹。固定効果パネルモデルを使うことで、国や年次の固有差を考慮し¹⁰、さらに操作変数法により、豊かな経済ほど決済端末により多く投資するという逆因果の可能性にも対処しました¹¹。この厳密なアプローチにより、デジタル決済の普及拡大が単に労働生産性の向上と同時に起きているだけでなく、労働生産性向上につながっているという因果関係の解釈に信頼性を与えています。
結論
この研究は、デジタル決済技術への投資が生産性向上につながることを示す明確な実証的エビデンスを提供しています。企業にとってのメッセージは、デジタル取引を円滑にすることが、業務改善を段階的に進める手段になり得るということです。大規模な労働力全体で見れば、従業員一人当たり産出がわずか0.5%増えるだけでも、収益の大幅な増加、顧客処理能力の改善、人件費の削減につながり得ます。さらに、こうした改善は、組織が顧客に対してより迅速かつ安全にサービスを提供する助けとなります。
ロバート・ソローの著名な研究は、生産性向上が長期的な繁栄と生活水準上昇の主要な原動力であることを想起させます。決済のデジタル化による生産性の小幅な改善であっても、マクロレベルでは蓄積され、長期的にはGDP成長の向上につながる可能性があります。そのため政策立案者は、デジタル決済の選択肢を増やして事業者と消費者を支援することが、経済全体の利益を生むさまざまな方法を検討すべきです。さらに、信頼性の高いインターネット接続など他の技術的要因によって、デジタル決済の効果がどのように増幅され得るか、また世界市場へのアクセスが技術的成長をどのようにさらに促進し得るかも検討できるでしょう。
企業や政策立案者が商取引のデジタル変革に取り組み続ける中で、この研究は、デジタル決済への移行が生産性に対する堅実な投資であることを示しています。重要なのは、大規模な技術的改善が成長の基盤を強化するという点を認識することです。企業と政策立案者は、これらの洞察を活用してデジタル決済利用を拡大する取り組みを推進し、繁栄を支える累積的な効果を引き出すことができます。
脚注
¹ Solow, R. (1957年12月), Technical Change and the Aggregate Production Function, Review of Economics and Statistics, Vol.39(8)。
² 米国労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics), Why is Productivity Important?
³ Krugman, P. (1990), The Age of Diminished Expectations, MIT Press。
⁴ 生産性と技術の関係に関する代表的なレビューとして、Kretschmer (2012)、Van Ark, O’Mahony and Timmer (2008)、Triplett and Bosworth (2004)、Ratchford (2016)、Syverson (2011)、Birigozzi, De Silva and Luitel (2025) など。
⁵ Cormier, M., Diniz, G., Garcia-Swartz, D., Latham, O., and Tzanetaki, C. (2025), Digital payments, output, and productivity: an empirical exploration, Social Science Research Network (SSRN)。
⁶ 本稿におけるEFTPOS(Electronic Funds Transfer at Point of Sale)は、eftpos Payments Australia LtdまたはEftpos NZを指すものではなく、欧州中央銀行が定義するPOS端末における電子資金移動を指す。
⁷ 生産関数とは、経済全体の産出が、資本や労働などの投入要素と技術によってどのように生み出されるかを示す関数をいう。
⁸ EZ-Chow (2024年2月9日), How McDonald’s Self-service Kiosks Changes the Customer Experience Game。
⁹ 各国の規制環境の質は、World BankのWorldwide Governance Indicators(WGI)を使用して測定されている。
¹⁰ パネルデータとは、同一の主体を時系列で繰り返し観測したデータである。固定効果モデルは、観測対象ごとに固定された特性が結果へ与える影響を統制する。
¹¹ 観察データにおいて相関関係は必ずしも因果関係を意味しない。操作変数法(Instrumental Variables)は、原因変数には影響するが結果変数には直接影響しない第三の要因を利用して因果関係を推定する手法である。