ステーブルコインの包括的な規制枠組みに関する昨今の進展、とりわけEUの暗号資産市場規制MiCA(Markets in Crypto Assets Regulation)と米国で新たに成立した連邦法GENIUSの登場により、法定通貨担保型ステーブルコインの発行を取り巻く規制の不透明感が緩和され、市場参加者が待ち望んでいた明確な指針がようやく示されました。これらの規制の枠組みによって、許容される準備資産の種類、償還請求権、流動性管理、発行者の監督に関する明確な要件が規定されたことにより、これまでほぼ未規制の金融商品であったステーブルコインは、規制によって管理される決済システムへと大きく様変わりします¹。
規制の境界がより明確になったことで、ステーブルコイン発行者は「法的に許容されるかどうか」だけでなく「経済的に実現可能かどうか」という問題にも直面しています。特に、準備金構成に対する要件を受けて、発行者はリスク・リターン・流動性のバランスを再構築することになり、準備金戦略の幅が狭まると同時に、償還確実性、資産の質、流動性の重視を求められます。そこで、これらの要件が米国および欧州のステーブルコイン発行者の期待リターンと流動性プロファイルにどのような影響を与えるかを分析するため、本レポートは効率的フロンティアのフレームワークを適用し、規制に準拠したビジネスモデルの持続可能性と戦略面への影響を定量的に評価する視点を提供します。GENIUSやMiCAの規制が適用されると、期待リターンだけでなく効率的フロンティアの形状そのものが変わり、準備金管理は実質的に、より幅広いポートフォリオの最適化から、より流動性を重視したモデルへと移行することになります²。ただし、本レポートの目的は、どちらの規制フレームワークがより望ましいかを評価することではありません。定型化した数理モデルによる分析により、準備資産のそれぞれの要件に応じたリスクとリターンのトレードオフの数値的な変化を、現時点の市場の状況と組み合わせながら示すことをねらいとしています。
本レポートでは最初に効率的フロンティアモデルの概要を簡単に紹介し、このモデルを用いてどのようにリスクとリターンのトレードオフを評価するか、そして、このモデルによってなぜステーブルコインの準備金管理の分析に有効な視点が得られるのかを説明します。次に、規制が整備される前の状況に目を向け、Tether社が発行する米ドル建てステーブルコインであるUSDTの準備金構成を代用データとして用い、明確な規制上の指針が導入される前にステーブルコイン発行者がリターンをどのように最適化していたかを見ていきます。これを基準に、米国のGENIUSフレームワークの下で効率的フロンティアがどのように変化するか、特に、許容される資産に関する要件が発行者の収益構造にどのように影響するかを検討します。さらに、MiCAの適用により、流動性と安全対策に関する要件によって明らかに異なるパラメーターが課される欧州に関しても同様の分析を行います。最後に、これらの規制を比較し、効率的フロンティアの変化がステーブルコイン発行者の今後のビジネスモデルにとってどのような意味を持つのかをまとめます。
効率的フロンティアモデルについて
効率的フロンティアモデルは、複数の資産についてリスクとリターンの最適な組み合わせを求めるための、ポートフォリオ最適化フレームワークです。期待リターンと、一般にボラティリティで測定されるポートフォリオリスクの関係を、視覚的かつ数学的に表します。1952年にハリー・マーコウィッツが発表した「現代ポートフォリオ理論」の中で提唱された概念であり、資産配分の違いによるパフォーマンスの違いを評価し、最適なポートフォリオとそうでないポートフォリオとの差を体系的な方法によって示します³。
このモデルの中核にあるのは、どの期待リターンの水準に対しても、達成可能なリスク水準が最小なポートフォリオが存在する、という考え方です⁴。この基準を満たすポートフォリオを結んでいくと「効率的フロンティア」という曲線になり、これがリスクとリターンの最適なトレードオフを表します。この曲線よりも下にあるポートフォリオは非効率的であると考えられます。つまり、それが生み出すリターンに対して必要以上にリスクが高いということです。一方、このフロンティアを上回るポートフォリオは、利用可能な資産と条件の下では達成不可能です。
効率的フロンティアモデルは、過去のデータを利用して、それぞれの資産の期待リターン、ボラティリティ、他の資産との相関関係を推定して構築します。次に、最適化エンジンによって数千件のポートフォリオの組み合わせを評価し、期待されるリスクとリターンを計算します。資産に対する重みをシステマティックに変えることで、与えられたリターンに対してリスクを最小にするポートフォリオ、すなわち、与えられたレベルのリスクに対してリターンを最大にするポートフォリオを特定します。このフレームワークの本質は、分散投資の効果にあります。完全な相関関係にない資産を組み合わせれば、期待リターンを維持したまま、全体的なポートフォリオのリスクを大きく低下させることができます。
効率的フロンティアモデルは、明確でぶれのない意思決定に役立つことから、広く利用されています。ポートフォリオマネージャーは、資産の追加や削除が全体としてのリスクやリターンにどのように影響するかを評価したり、現行のポートフォリオを最適なベンチマークと比較したり、さまざまなリスク許容度に合わせて資産配分をデザインしたりできます。モデルは仮定や推定に基づいてはいるものの、トレードオフを把握したり、分散方法を改善したりするための土台として有効なツールであり、妥当性を説明できる透明性のある方法でポートフォリオを作成するのに役立ちます。
新たな規制の枠組みの下でのステーブルコインの準備金管理について分析する上でも、このフレームワークは非常に有益です。ステーブルコイン発行者は、資産ユニバースの制限、流動性や償還に関する明確な要件、リスク許容性の上限といった課題に直面していますが、これらはいずれもポートフォリオ最適化の視点で分析するのに適しています。効率的フロンティア分析を適用すれば、規制による制限によって、選択できる準備金ポートフォリオの範囲がどのように変わり、期待リターンがどれだけ押し下げられ、収益と流動性のトレードオフがどのように変化するかを数値で示すことができます。そういう意味では、効率的フロンティアは規制によるルールを経済的成果に置き換えるのに役立ちます。ステーブルコインに対する規制が導入される前後で発行者のビジネスモデルがどのように変化するかを明確な方法によって比較できるからです。
規制導入前のステーブルコイン準備金管理の評価
ステーブルコイン発行の経済に規制がどのような変化をもたらすかを理解するためには、まずは明確な規制のフレームワークが存在しない状況を想像してみるのが有益です。こうした仮定の下では、ステーブルコイン発行者はポートフォリオマネージャーのように振る舞います。つまり、元本を保護し、償還に対応できる流動性を維持することを主な目的としてはいますが、できることなら準備資産から追加収益を生み出そうという明確なインセンティブもあります。適格資産に関する制限が正式に導入されていなければ、発行者は準備金の大部分を高品質で流動性の高い金融商品に配分する一方、ポートフォリオ全体としての利回りを高めるため、一部をボラティリティの高いハイリターン資産に回すことも考えられます。
規制が存在しなくても、実質的な制限はあります。無制限にリスクを取ればペッグへの信頼が損なわれるので、責任を持って準備金ポートフォリオを管理するには、やはり銀行預金、マネーマーケットファンド(MMF)、短期国債など、市場の混乱時にも速やかに現金化できる金融商品によって支える必要があるでしょう。しかし、規制による制限がなく、社債などのコーポレートクレジットや、金や暗号資産などの代替的な価値保存手段といった、よりリスクの高い資産によってコア資産を補うことで期待リターンが明確に上昇するのであれば、それを妨げるものはありません。
規制上の指針が存在しない場合の準備金ユニバースの代用データとして、この分析では、Tether社の2023年12月のUSDT準備金レポート⁵で公開された資産構成を用います。当時のTether社の準備金は、銀行預金、MMF、翌日物リバースレポ契約、米国短期国債、社債、金、ビットコインという組み合わせでした。これらの資産のリスク、流動性、リターン特性は広範囲に及んでおり、ほとんど規制のない環境においてステーブルコイン発行者がどのように資本を配分するかを示す指標として有効です。
効率的フロンティアの作成にあたって、2019年1月から2023年12月までの5年間の各資産クラスの月ごとの履歴データを用いて、リターン、ボラティリティ、相関関係の推定を行いました。銀行預金については担保付翌日物調達金利(SOFR)を代用データとして使用し、その他の資産の市場価格と利回りについては一般に公開されている資料⁶を参照しました。ただし、Tether社の開示に含まれる「その他の投資」や「担保付ローン」などの一部の資産カテゴリについては、一貫した履歴データがないため分析から除外しており、フロンティアには含まれていません。
作成された効率的フロンティアを図1に示します。これには、準備金構成に対する規制が存在しない場合に選択できる幅広いリスクとリターンの組み合わせが示されています。また、発行者の開示情報⁷に基づき、2023年12月のUSDT(Tether社)およびUSDC(Circle社)の実際の準備金ポートフォリオをプロットしています。これにより、包括的な規制が導入される前の実際のステーブルコイン準備金戦略が効率的フロンティア上のどこに位置していたかがわかります。また、以下のセクションでは、これを基準として米国におけるGENIUSと欧州におけるMiCAの影響を評価します。
図1:規制上の指針が存在しない場合の効率的フロンティアモデル
出典:筆者による計算。履歴データ提供元はセントルイス連邦準備銀行、ニューヨーク連邦準備銀行、米国証券取引委員会、ワールド・ゴールド・カウンシル、およびCoinGecko。各データ提供元へのリンクは脚注6を参照。
GENIUSが米国のステーブルコイン効率的フロンティアに及ぼす影響
図中ラベル(日本語):期待リターン、期待リスク、USDC(2023年12月)、銀行預金、翌日物リバースレポ、米国短期国債、社債、金、ビットコイン、USDC(2023年12月)、銀行預金 10.49%、翌日物リバースレポ 61.72%、米国短期国債
規制導入前の基準を確立しましたので、次にGENIUS法の導入が米国を拠点とするステーブルコイン発行者の効率的フロンティアに及ぼす影響について検証します。GENIUSでは利回りの最適化よりも流動性やリスク管理が重視されるため、許容される準備資産の範囲が狭まります。ポートフォリオの組み立てという観点から見ると、発行者が選択できるリスクとリターンのトレードオフに、定量的に測定可能な影響が直ちに現れます。
図2は、前のセクションで説明したのと同じ資産ユニバース、すなわち、銀行預金、MMF、翌日物リバースレポ契約、米国短期国債、社債、金、ビットコインを用いる一方、2021年1月から2025年12月までの履歴データを用いて分析を更新し、推定し直した効率的フロンティアです。この図には、USDTの準備金ポートフォリオもプロットされており、これには社債、金、ビットコインなど、さまざまな種類の資産が含まれています⁸。効率的フロンティアは、ある特定の時点の状態を示すものであるため、リスクとリターンの履歴データを別のものに変えれば効率的フロンティアも変わる可能性があります。そのため、図2に示す、規制が存在しない状態での効率的フロンティアは、現代ポートフォリオ理論が示す典型的な弓なりの形になっています。ここで注目すべきは、社債への配分が大きいポートフォリオはフロンティアを下回っているという点です。つまり、それらのポートフォリオは非効率的であり、同じボラティリティでも別の資産を組み合わせた方が、期待リターンが大幅に高くなることを示しています。この結果はコーポレートクレジットの相関構造によるものですが、よりリターンの高い資産がこの分析対象期間に利用可能であったことも影響しています。
この図には、GENIUSに完全準拠しているUSDCの準備金ポートフォリオもプロットされていますが、この位置を見ると、規制による制約の大きさがわかります⁹。USDCは実現可能なポートフォリオの中に十分収まっていますが、GENIUSによって許容される資産の範囲が狭められているので、USDTのように規制を受けていないステーブルコインと比べると、投資機会集合が大幅に制限されています。
図2:GENIUS法の規制を受ける場合と受けない場合の効率的フロンティア
出典:筆者による計算。履歴データ提供元はセントルイス連邦準備銀行、ニューヨーク連邦準備銀行、米国証券取引委員会、ワールド・ゴールド・カウンシル、およびCoinGecko。各データ提供元へのリンクは脚注6を参照。
実際、以下の図3に示す通り、GENIUSの適格資産である銀行預金、MMF、翌日物リバースレポ契約、米国短期国債だけを抜き出し、この限られたユニバースだけに基づいて新たに作成した効率的フロンティアでは、この傾向は一層顕著です。これらの資産はどれも利回りやボラティリティが非常に近い値であるため、フロンティアの幅は相対的に狭くなります。効率的フロンティア全体でリターンが最も低いポートフォリオと最も高いポートフォリオの差は20ベーシスポイントを下回っています。
図3にはUSDCとPYUSD(Paxosが発行するPayPal USDステーブルコイン)の2025年12月時点の準備金ポートフォリオもプロットされています¹⁰。図からわかる通り、どちらのポートフォリオも理論的なフロンティアの線上にはなく、モデルが示す最適な配分と比較するとやや非効率であることが示唆されています。しかし、GENIUSによってフロンティアが大きく縮小していることを考えると、この差の経済的影響は軽微です。実際、これらのポートフォリオはいずれも、わずかな利回りの増加よりも流動性や運用の簡潔性、規制への準拠を重視する発行者に対して、モデルが導く結果にかなり近いところに位置しています。
以上をまとめると、これら2つの図は、GENIUSがステーブルコイン発行者の収益構造に及ぼす主要な影響を示しています。すなわち、GENIUSの導入によって、効率的フロンティアが下方に移動するだけでなく、幅が狭まることがわかります。その結果、準備金管理のフレームワークは従来のようなポートフォリオ最適化ではなく、流動性の設計に近いものになり、規制に準拠する資産配分の間における期待リターンの差は小さくなります。
図3:GENIUSが適用された場合の効率的フロンティア
出典:筆者による計算。履歴データ提供元はセントルイス連邦準備銀行、ニューヨーク連邦準備銀行、米国証券取引委員会、ワールド・ゴールド・カウンシル、およびCoinGecko。各データ提供元へのリンクは脚注6を参照。
MiCAが適用された場合の効率的フロンティアの縮小
米国のGENIUSは適格な準備資産のリストを明確に定めていますが、MiCAはより原則主義的なアプローチを採用しており、特定の金融商品は規定していません。MiCAではステーブルコインの準備金について、投資先がリスクの低い、ステーブルコインと同じ通貨建ての高品質流動資産(HQLA)であること、そして継続的な額面償還が可能な構成であることを求めています。実際、監督当局が示す指針や市場の期待は、銀行預金や短期国債、MMF類似商品といった、現金に近いリスク特性の資産を強く支持しています。しかし、特定の金融商品が挙げられていないため、準備金ポートフォリオの最適化を図る発行者にとり、さらに曖昧さが生じます。
GENIUSとの相違点はもう一つあります。おそらくこちらの方がより重要ですが、MiCAでは銀行預金が必須とされています。全ステーブルコイン発行者は準備金全体の30パーセント以上を銀行預金として保有する必要があり、さらに、発行規模やシステム全体への影響力などから「重要度が高い」発行者に指定されると、この基準値が60パーセントに上がります¹¹。このような配分パラメーターによって、リスクが低いが比較的利回りの高い金融商品に投入できる金額が制限されるため、効率的フロンティアの形は大きく変わることになります。
MiCAでは資産ユニバースが明示的に指定されていないため、効率的フロンティアを作成するには、どのような資産が「安全で流動的」なのか、欧州の状況を踏まえて合理的な想定をする必要があります。本レポートでは分析の目的に鑑み、銀行預金、MMF利回りの代用として3か月物欧州銀行間取引金利(EURIBOR)、翌日物リバースレポ契約の代用としてユーロ短期金利(€STR)、そしてフランスおよびドイツが発行する3か月国債をモデルに取り入れています¹²。これらの資産はGENIUSにおける適格金融資産のリスク特性を概ね映し出しており、ユーロ建て市場の現実を反映しています。
図4に示す通り、MiCA適用時の効率的フロンティアは米国のものを大幅に下回っています。GENIUS適用時の効率的フロンティアでは期待リターンがおよそ3.30パーセントであるのに対し、MiCAでは約0.40パーセントから1.80パーセントとなっています。この差が生じたのは、ユーロの短期金融市場や国債市場では準備資産の利回りが比較的低いというのが主な理由で、ポートフォリオの組み立て方の違いによるものではありません。配分パラメーターを考慮する以前に、欧州では投資機会集合が小さくなります。
MiCAでは銀行預金が必須とされていることから、実現可能なフロンティアがかなり縮小されます。準備金の30パーセント以上を銀行預金で保有しなければならないため、フロンティアの右上部分は選択できません(規制による制約がなければ、より高利回りの国債商品に大きく配分することで、右上に位置するポートフォリオを選択できます)。フロンティアのこの部分に該当するポートフォリオを選択しようと思えば銀行預金を30パーセント未満にしなければならないためです。「重要度が高い」発行者に指定されていれば、最低60パーセントを銀行預金で保有しなければならないため、投資可能なユニバースはさらに狭まり、現実的な期待リターンの幅は事実上、0.40パーセントからおよそ1.00パーセントまでの間にとどまります。この時点で、準備金の最適化においてはポートフォリオをいかに構築するかよりも、運用や流動性に関わる摩擦をいかに減らすかが問題になります。
図4:MiCAが適用された場合の効率的フロンティア
出典:筆者による計算。履歴データ提供元は欧州中央銀行およびセントルイス連邦準備銀行。各データ提供元へのリンクは脚注12を参照。
図4には、Circle社のユーロ建てステーブルコインであるEURCの準備金ポートフォリオもプロットされています。EURCは準備金をすべて銀行預金で保有しています¹³。2025年12月時点のEURCの流通量は約3億1,000万ユーロであったため、Circle社が銀行預金で保有すべき資産の基準値が30パーセントを超える必要はなく、原則としては準備金の一部を短期国債に配分して期待リターンを高めることも可能でした。ここでは銀行預金の利回りの代用データとして企業の翌日物金利を使用していますが、欧州中央銀行が公表した2025年12月の企業の翌日物金利はわずか52ベーシスポイントで、その他の適格資産の利回りである約2パーセントを大きく下回っています。Circle社が実際の銀行預金に関して金利を大幅に引き上げるよう交渉することが可能であるとすると、銀行預金は決済が2営業日後(T+2)になる欧州の国債よりも流動性に優れていることも考え合わせれば、準備金をすべて現金で保有することにも経済的合理性があるでしょう。
図中ラベル(日本語):銀行預金30%未満、(いかなる発行者も選択不可)、銀行預金60%未満、(「重要度の高い」ユーザーは選択不可)
以上をまとめると、MiCAの影響の分析からわかるのは、規制の導入によってリスク許容度だけではなく、ステーブルコイン発行者による運用が成立する収益構造の限界ラインそのものが変わるという点です。MiCAが適用されると、GENIUSの場合よりも期待リターンが低くなり、効率的フロンティアの範囲が狭まります。そのため、欧州におけるステーブルコイン発行のビジネスモデルは、バランスシートの運用により収益を上げる金融事業というより、規制の影響を強く受ける決済インフラ型のモデルにますます近づいていくと考えられます。
結論
本レポートの分析は、包括的なステーブルコイン規制が発行者の法的な位置付けを変えるだけでなく、ステーブルコイン発行の経済的な側面にも影響を及ぼすことを示しています。本レポートでは、効率的フロンティアのフレームワークを適用することにより、規制の要件をリスク、流動性、リターンの具体的なトレードオフに置き換え、米国および欧州の規制の下で、準備金に関する規則がステーブルコイン発行者の収益構造にどのような影響をもたらすかを明らかにしました。モデルが示す結果は管轄域によって異なりますが、それはどちらかの規制アプローチが優れているということではなく、規制の設計と、その下にある資産市場を取り巻く状況の相違であると解釈する必要があります。
GENIUSの下では、米国のステーブルコイン発行者の効率的フロンティアは範囲が狭まり、非常に流動性が高くリスクの低い準備資産を中心としたポートフォリオに集約されます。そのため、ポートフォリオ最適化の役割は限られたものとなり、利回り格差の範囲も小さくなります。MiCAではさらにフロンティアが制限されます。これは、ユーロ圏が比較的低金利環境にあることと、MiCAでは銀行預金への配分に関する要件が課せられていること、特に、最終的に「重要度が高い」発行者に指定される可能性がある場合に高い配分割合が求められることが影響しています。いずれのフレームワークにおいても、準備金管理ではリターンを最適化することよりも、いかに流動性や強靭性を保ちながら規律ある運用を行うかが課題となります。
こうした結果は、ステーブルコインのエコシステムにおける安全性、セキュリティ、信頼性、明瞭性、決済手段としての実用性を重視する方針を選択した結果であると考えることができます。そういう意味では、効率的フロンティアの縮小は単なる規制の副産物ではなく、発行者が得る運用利回りよりも、準備金の質、償還の確実性、幅広いユーザー保護により重きを置いた規制モデルの反映だと言えます。このような要件が課されることで、準備金ポートフォリオから得られるリターンは減少する可能性がありますが、決済や価値移転に安心して利用できる商品としての確実性を高めることで、ステーブルコインの幅広い普及につながる可能性もあります。
今回の結果をまとめると次のようになります。ステーブルコイン市場の規制強化により、発行者の競争優位性は準備金が生み出す利回りよりも、テクノロジー、流通網、戦略的パートナーシップ、業務効率、リスクマネジメント、コンプライアンスへの対応力、既存の決済システムとの統合といった、コアビジネスの土台に大きく依存するようになると考えられます。そうした環境下では、リスクの高い準備金戦略で追加収益を生み出せるかどうかよりも、プラットフォームやネットワークの競争力、信頼性、実用性を重視することが成功の鍵となるでしょう。
脚注
¹ ステーブルコイン発行者に対するこれらの規制要件と潜在的影響の詳細な分析については、Visa Economic Empowerment Instituteの最近のレポート How new regulations could potentially impact the future of stablecoins を参照。
² ここでいう「流動性を重視したモデル」とは、積極的なマーケットメイクや流動性供給を意味するものではなく、拘束力のある規制パラメーターの下で、現金に近い準備資産を運用上管理することを指す。
³ Markowitz, H. (1952), Portfolio Selection, The Journal of Finance, Vol. 7, No. 1。
⁴ Markowitz, H. (1952)。
⁵ Tether (2023年12月), Consolidated Reserves Report。
⁶ ステーブルコイン発行者が金融機関に預ける預金から実際に得る金利は公表されておらず、預金総額にも左右される可能性が高いため、銀行預金に関連する潜在的な金利の有用な上限としてSOFRを使用している。本モデルで使用した米国の履歴データの出典は、SOFR、マネーマーケットファンド、翌日物リバースレポ契約、米国短期国債、社債、金、およびビットコイン。
⁷ Circle (2023年12月), USDC Reserve Report。
⁸ Tether (2025年12月), Financial Figures & Reserves Report。
⁹ Circle (2025年12月), USDC Reserve Report。
¹⁰ Paxos (2025年12月), PYUSD Redemption Assets Report。
¹¹ MiCAにおける「重要度が高い」ステーブルコインの基準には、1,000万人を超えるステーブルコイン保有者、50億ユーロを超える時価総額、ならびに1日平均の取引件数および取引総額がそれぞれ250万件および5億ユーロを超えることが含まれる。
¹² 本モデルで使用したEUの履歴データの出典は、銀行預金、Euribor、ユーロ短期金利(€STR)、フランス国債およびドイツ国債。
¹³ Circle (2025年12月), EURC Reserve Report。